意識の中に吹く風

しっかりと仕事を追い込んだ後のご褒美は、美術館か神保町の本屋がアトロのお決まりコースです。今日は仕事終わりで、滑り込みルーヴル美術館展【肖像芸術―人は人をどう表現してきたか】に行きました。以前からルーブル美術館のダンテ、デスマスク(インフェルノ)にとても興味があった私は、今回の日本で行われる顔にフォーカスした肖像芸術は、非常に楽しみで、最高のご馳走となりました。内容もよく、かなり充実していました。(音声ガイド。よかったです!)かつての人は、演出を超えた、清く強い眼差しでその存在を現代に残してました。彼らの生きた時代は、想像を遥かに超えたものですが、今の自分が見ても、心の底から芯の強さが表情や瞳から現れていた。それは、とてつもない「生きる覚悟」のようなものなのかもしれない。また、実際の作り手、創造者たちは、人を描く時、自らを通すことを余儀なくされる。この芸術表現における最も当たり前の過程には、とても大きな役割を毎度、感じる。事実ではなく、真実となる本質を描こうとする時、創造者とは自らのエゴや、個人的な欲求を取り除くことから始まるのだと思う。そうした静けさの奥から流れ出た大切な意識に自ら歩み寄ることで、その後、ブレることのない、大切な役割となるのだろう。芸術や表現の意欲とは、自分がどうしたい、どうなりたいという固有の考えかたではなく、先ずは、そこに向けるべきなのだと思う。私も映像とデザインに携わる者として、また、虚構を描く者として、真っ直ぐな心で探求し、創造する者の志と覚悟を持ち、生きたいと感じた。美術館や素晴らしい建造物に足を運ぶ時。そして、その空間を出る時。私は、探求者や表現者によって、具体的に別人になっている感覚になる。思い返した時、それは分かりやすく、楽しい体験から得たものとは別であると感じる。それでも、しっかりと胸の奥はドキドキしている。重要なことは、意識の中に力強く吹きつける風を感じているかなのだと思う。感じ方は人はそれぞれだが、私は、こうして探求にみなぎる意欲を与えてもらう。パリのルーブル美術館では年間で約500万人の人が世界中から訪れると言われる。人は芸術をこよなく大切に感じている証拠なのだと思う。
先日、大切な人からこんな言葉をいただいた。「ひとは決めることが出来ない場合に、条件に走る。」アイデンティティーを失う時、ひとは決められなくなり条件を意識しはじめる。この言葉は、覚悟の弱い自分に大きく響いた。そして、覚悟を決めることができた。ここからは、ムードには流されない。もっともっと意欲的に、仕事も表現活動もおこなう。いつまでも、意識の中に吹く風を感じれるように。

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