5月に撮影したプロジェクトが、本日、無事に放送が開始となりました。7月からワンクール毎週日曜23:15〜24:30のフジテレビにて放送しております。実際に放送で確認するまでは、毎度そわそわします。本日、無事に確認ができ、気持ちよくお疲れ様ができます。企画から撮影、編集と完成するまでには本当に多くの方々の協力をいただきます。今回も本当に多くの方々のご協力をいただきました。三菱農機の皆様、関係者の皆様ありがとうございました。

島根県は出雲へやってまいりました。天気予報では嵐の予報でしたが、私たちの眼の前に広がる日本海は、美しすぎるほど光り輝いております。「動けば、何かにあたる」アトロが大切にしている思いのひとつです。頭でしっかりと考えることも大切ですが、時には無心に無言でワクワクを信じ行動し、身体で感じることも大切と感じました。この地から、新たなプロジェクトが始まります。

総勢79名の方々と18社の協力企業によって映画ヒノイリの風は完成することができました。この作品は、日本の神話、夢、心、記憶といった、 そうした眼には映らない存在を虚構を通し、想像することの大切さを描いた作品です。理解しにくいことかもしれませんが「真実」と「事実」はおおきく異なるとよく私は感じます。 この時代は、真実を見失いながら不明確な事実を見る傾向があるように思うのです。私は少し立ち止まり、尊敬できる仲間たち、一人ひとりと、自らの心の眼で見ることをしたいと思い ヒノイリの風を創りました。それは、虚構(Feigning)の語源のにある、創造する(Fingere)の行為なのだと思います。映画はフィクションの中で、一人ひとりの心の眼によって、その人の真実を映すものと思っています。 眼に映ること、映らないこと。その真実を20分のこの作品を通して創り出せたらと願っています。

今週は地方での撮影。中日に京都東寺向かいに宿をとってくれました。撮影の合間の少しの時間。以前から東寺の宮本武蔵の描いた「鷲の図」と「竹林の図」が見たかったので、今回こうして訪れることがとてもご褒美となりました。鷲の図。かなりもう見えない箇所が多く広がっておりましたが想像以上に素晴らしかった。上に天空を羽ばたく鷲、下に地上から飛び上がろうとする鷲。その二羽の鷲に武蔵は何を込め描こうとしたのか実物を前にして強く感じてくる意識。そんな想いに身を寄せる。とにかく大きな存在だ。(写真は禁止なので是非現地で体感ください)夜は京都で活動をしている仲間と久々の再会。お互いの近況や表現を語らい、充実した時間をもらった。翌日、滋賀に移動しそのまま北九州へ入る。小倉は小学五年生の時ぶり。自然が多く時間の流れがとても穏やかな場所での撮影でした。この数日は、とにかく移動が多かったが不思議と、行く先々で元気のもらえる出会いのある撮影でした。ほんと有難いです。

念願かなって岡本太郎の太陽の塔、塔内再生初日に息子とのぼることができました。その次代、今を生きる人の為、後を生きる我々の為、生命の樹をとおして、人類規模の進化を体験できるアトラクションのような装置に感じた。階段を一歩いっぽと登る、その歩みの中に自らの体感と意識を繋げる巨大なシンボルツリー。息子と家族と手をつなぎ、生命の進化をたどる歩みは、岡本太郎さんの強烈なエネルギーを感じました。塔の最上階まで上がり、塔の完成までのプロセスを紹介する下り道、出口の一番付近、最後の最後に力強く書かれた「芸術とは呪術である」の言葉に、私はとにかく感動して全身が震え上がった。また、その言葉に救われた。「呪術」。辞書で調べれば、超自然的、神秘的なものの力を借りて、望む事柄を起こさせること。まじない、魔法など。と綴られている。様々なミッションや要望、希望を抱えた芸術分野のなかで、芸術を絞め殺してしまったかの様に思っていたこの国。少しでも早く外に出ることが大切に感じていた今の私にこの言葉は強く響いた。太郎さんが取り組んだ1970年。東京オリンピックの翌年。日本はまさに高度成長期のピーク、強烈に物質が生み出され、ものすごい速度でものが捨てられる、効率重視の大量生産の時代に、この人は自らの役割を徹底して後の生へと向けた。芸術の本質である呪術を通し、多くの人を感動させ、そして今、49年ぶりにこうして我々の世代、息子達にまで大きな指針を示してくれている。虚構を通して真実を明らかに継承する。それこそが芸術家や創造者の本質だと常々信じている。私は息子の手を握り、この言葉に触れたとき、自分はこの大切な小さな手の中に、しっかりと響かせれているのだろうかと強く感じた。そしてこれから、今まで以上に大きく挑戦していきたいと強く感じた。この貴重な体験を与え、チケットを取ってくれた妻に心から感謝したい。

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